毎日続けても結果が出ないときに、やめたくなるのは、一時のつまずきを「もう無理だ」と取り違えてしまうからです。ゴールのすぐ手前でやめてしまうことへのいましめは、あと3フィートの教訓と呼ばれています。
この記事では、井戸を掘る若者の寓話を通して、あと3フィートの教訓の中身と、苦しいときこそ手を止めない考え方をお伝えします。明日からできることは、もう無理だと思った日に、やめると決めず、あと一回だけ続けることだけです。
やめたくなるのは、根性が足りないからではない
ゴールのすぐ手前ほど、苦しさが強くなることがあります。

毎日、ちゃんと続けてきた。なのに、結果がいっこうに出ない。これ以上やっても無駄なのかもしれない、と手を止めたくなる。そんなことはありませんか。
何かを続けていると、必ず、うまくいかない時期がやってきます。そんなとき私たちは、自分には向いていない、ここがもう行き止まりなんだ、と考えがちです。そう決めると、苦しさからすぐに抜け出せるからです。
けれど、うまくいかないのは、たいてい一時のつまずきです。本当の行き止まりとは限りません。しかも、あと少しのところまで来ているからこそ、いちばん高い壁の前に立っていることがあります。

その壁の前で、一時のつまずきを「もう無理だ」と取り違えて、やめてしまうんです。
あと3フィートの教訓とは
ゴールのすぐ手前で、一時のつまずきを理由にやめてしまうことへのいましめです。

3フィートは、およそ90センチです。金を掘っていた人が、鉱脈が消えたと思って掘るのをやめてしまった。ところが、やめたところのわずか90センチ下に、金の鉱脈が眠っていた。そんな話から、あと3フィートの教訓という呼び名が生まれたと言われています。
いちばん多い失敗は、一時のつまずきを理由に、あきらめてしまうことだと言われています。

成功は、もうだめだと思ったその少し先にやってくることが多いんですよね。それがどういうことかを、ひとつのお話で見てみましょう。
寓話:井戸を掘る若者
日照りの村で井戸を掘りはじめた若者は、乾いた岩に当たって「もう無理だ」と手を止めてしまいます。

昔、日照りの続く村がありました。村には井戸がなく、人々は遠くの川まで水をくみに行っていました。

この村に、井戸を掘ろう。そう言い出したのは、ひとりの若者です。若者は毎朝、くわとシャベルを持って、村のはずれを掘りはじめました。

ひと月ほどたったころ、穴の底の土が、しっとりと湿ってきたんです。

水が近いぞ。村の人たちは、穴をのぞきこんで喜びました。若者は借りたお金で丈夫なつるべと縄を買い、さらに深く掘り進めました。

ところが、ある日、突然、湿った土が消えてしまいます。掘っても掘っても、出てくるのは固くて乾いた岩ばかり。

若者は、祈るような気持ちで、それでも何日か掘り続けました。手のひらは、豆だらけになっていました。

村の人たちも、だんだん穴をのぞきに来なくなりました。

そして、とうとう、若者はくわを置いて言いました。この下に、水はない。

若者は、道具を通りかかった旅の男に安く譲り、肩を落として村を出ていったんです。

旅の男は、譲り受けた道具で、同じ穴をそのまま掘ってみました。ひと掘り、またひと掘りと進めていきます。

すると、若者がやめたところの腕一本ぶんほど下で、こつん、と岩が割れて、冷たい水がこんこんと湧き出したんです。

村には、その日から井戸ができました。

しばらくして、そのことを聞いた若者は、自分がやめたところのすぐ下だったと知って、深く悔やみました。

何年かたって、若者は、別の村から井戸掘りを頼まれます。掘り進めると、また固い岩に当たります。

手が止まりそうになるたびに、若者は自分に言い聞かせました。ここが、あと腕一本ぶんのところだ。若者は手を止めずに掘り続け、ある朝、穴の底から水の音が聞こえてきたんです。

若者に見えていなかったもの
乾いた岩は行き止まりの印に見えましたが、本当はゴールのすぐ手前の最後の壁でした。

若者は、怠けていたわけではありません。ひと月も掘り続けて、湿った土までたどり着いていました。岩に当たってからも、何日も掘り続けていました。ただ、いちばん苦しいところで「もう無理だ」と決めてしまったんです。

若者を変えたのは、自分がやめたところのすぐ下に水があった、と知ったことでした。だから次は、いちばん苦しいところでこそ、手を止めずに掘り続けられたのですね。
これは、私たちの毎日にもそのまま当てはまります。
SNSの発信で起きる、あと3フィート
SNSの発信でも、反応が増えずに「もう無理だ」と手を止めたところが、伸びる手前のことがあります。

たとえば、SNSでの発信です。始めたばかりのころは、投稿するだけでわくわくします。ところが、毎日続けても反応がいっこうに増えない時期がやってきます。
こんなに続けているのに、誰にも届いていない。自分には向いていないんだ。そう思って、手を止めてしまう。

でも、反応のない時期が続いたあとに、ある投稿をきっかけに急に見てもらえるようになることは、よくあるんですよね。同じころに始めて、そのまま続けた人のほうが、あとからぐっと伸びていくこともあります。

手を止めたのは、ちょうど伸びる手前だったのかもしれません。
苦しいのは、遠くまで来た印
「もう無理だ」と思うほど苦しいのは、それだけ遠くまで来たという印です。

ここで、ひとつほっとする話があります。もうやめたい、と思うほど苦しいのは、それだけ遠くまで来たということです。
ゴールのそばにいちばん高い壁がある、と考えれば、苦しさはゴールに近づいている印にも見えてきます。

明日からは1つだけ:もう無理だと思った日は、やめると決めない
もう無理だと思った日は、やめると決めずに、あと一回だけいつもと同じことを続けてください。

やることは、ひとつだけです。もう無理だ、と思ったら、その日はやめると決めないでください。そして、あと一回だけ、いつもと同じことを続けてみてください。発信なら、あと一本だけ投稿してみる。
始める合図は、「もうやめよう」と思った瞬間です。
ひとつの見方として
もう無理だと思ったときは、腕一本ぶん下に水が眠っていた井戸を思い出してください。
もちろん、これはひとつの見方です。本当に、やめたほうがいいときもあります。
ただ、もう無理だと思ったときには、腕一本ぶん下に水が眠っていた、あの井戸を思い出してみてください。あなたがいま立っているところも、ゴールのすぐ手前なのかもしれません。
よくある質問
あと3フィートの教訓とは何ですか?
ゴールのすぐ手前で、一時のつまずきを「もう無理だ」と取り違えて、やめてしまうことへのいましめです。金を掘っていた人が掘るのをやめたところの、わずか90センチ(3フィート)下に金の鉱脈が眠っていた、という話からこう呼ばれています。
続けても結果が出ないとき、やめるかどうかはどう決めればいいですか?
苦しさがいちばん強い日に決めないことです。もう無理だと思った日は、やめると決めずに、あと一回だけ同じことを続けてみてください。そのうえで、落ち着いた日に、続けるかどうかをあらためて考えるのがおすすめです。
やめたほうがいいときもありますか?
あります。体や心をこわしてまで続ける必要はありません。この考え方が役に立つのは、一時のつまずきを「もう行き止まりだ」と決めつけてしまいそうなときです。
おわりに
この記事の内容は、絵と図でまとめた動画でもご覧いただけるようにしてあります。動画で見たい方は、こちらからどうぞ。
耳で聴きたい方へ。ラジオ「清水すばるの心のラジオ」でもお話ししています。
ほかの回の寓話は、note のマガジン「寓話でわかる自己啓発」にまとめています。

