暗号資産の取引所バイナンスから、約63億ドル(日本円で約9,920億円)の暗号資産が盗まれました。バイナンス自身が「記録上最大の暗号資産の盗難」と呼ぶハッキングです。
暗号資産を持っていない人には、遠い話に見えるかもしれません。ところが、ハッキングが分かった日、アメリカでは暗号資産の取引所の会社の株が1日で約1割下がりました。暗号資産をやっていなくても、ハッキングのニュースは株の世界にもつながっているのです。
一方で、同じ週には韓国の株も大きく下がりました。こちらは、報道を見るかぎり別の理由です。今日は、バイナンスのハッキングがどこまでお金に届いたのかを、届いたものと届いていないものに分けて見ていきます。
10月29日の夜、バイナンスから約63億ドルが消えた
バイナンスのハッキングでは、約63億ドルの暗号資産が、わずか約20分のあいだに大部分が流れ出ました。
バイナンスは、世界でいちばん大きな暗号資産の取引所のひとつです。取引所とは、ビットコインなどの暗号資産(インターネット上でやり取りするお金のようなもの)を売り買いする場所のこと。利用者は取引所にお金や暗号資産を預けて、そこで売り買いします。
盗まれたのは、アメリカの時間で10月29日の夜遅く(日本では10月30日)。中東の放送局アルジャジーラによると、バイナンスが10のブロックチェーン(暗号資産の取引の記録をつなげた台帳)に置いていた財布(ウォレット)から、約20分で大部分が流れ出しました。
調査会社のTRMラボの見積もりでは、流れ出た額は約63.6億ドルです。
この額は、2025年2月に別の取引所バイビットで起きた事件(約15億ドル)の4倍を超えます。

侵入の入口は、社員のパソコンとみられる
入口は、バイナンスのエンジニアのノートパソコンとみられています。
CNNの日本語版によると、攻撃者は社員のパソコンを足がかりに、バイナンスのしくみの中に入り込み、勝手にお金を引き出す指示を出せる状態になりました。
誰がやったのかについては、TRMラボやチェイナリシスなどの民間の調査会社が、北朝鮮のハッカーの集団が関わった疑いが高いと見ています。ただし北朝鮮は関与を否定していて、バイナンス自身も、まだ誰がやったのかを特定していないと説明しています。
約30億ドルは、止めることができた
盗まれた約63億ドルのうち、約30億ドルは「凍結」して、使えないようにできました。
ロイターの報道として伝えられたところでは、そのうち23億ドルを超える分は、テザーとサークルという2つの会社が止めました。2社は、ステーブルコイン(ドルと同じ値段になるように作られた暗号資産)を発行している会社です。
発行した会社は、自分が出したコインを、特定の財布では使えないようにできるのです。
バイナンスは、利用者のお金は無事で、損は全額うめると説明しています。暗号資産の専門メディアのビットコイン・ドットコムによると、利用者を守るための積み立て(SAFU)と、自社のお金でうめると発表しました。
暗号資産をやっていなくても、株にはつながっている
ハッキングが分かった10月30日、アメリカでは暗号資産の取引所やビットコインを持つ会社の株が、そろって大きく下がりました。

- コインベース(アメリカでいちばん大きな暗号資産の取引所):1日で10.6%下がり、144ドル。この1年でいちばん安い137ドルに近づきました
- ストラテジー(ビットコインを大量に持っている会社):1日で7.8%下がりました
ビットコイン・ドットコムによると、この日は、ステーブルコインを発行するサークルや、暗号資産の投資会社ギャラクシー・デジタルの株も、取引の途中で8%ほど下がりました。
ハッキングだけが理由ではない
ただし、この日の下げは、ハッキングだけが理由ではありません。いくつかの理由が同じ日に重なりました。
2つの報道(ビットコイン・ドットコムと、株の分析サイトのTIKR)が書いた理由をまとめると、次のとおりです。
- バイナンスのハッキングで、取引所の安全への心配がふたたび強まった
- ビットコインの値段が下がり、一時7万6,000ドルほどになった
- AIへの投資は本当にもうかるのか、という心配から、ハイテクの会社の株が売られた。前の日には、グーグルの親会社のアルファベットが約13%下がっていた
- コインベースが前の日に出した決算(3か月ごとの成績表)で、売上が前の年より35%、売り買いの手数料の収入が44%減っていた
どちらの記事も、「どの理由で何%下がったか」までは書いていません。ですから、コインベースの株の下げには、決算やハイテク株の売りに、ハッキングの心配も重なったと考えられます。
なぜ、盗まれていない会社の株まで下がるのか
ここは、商店街の両替屋さんにたとえると分かりやすくなります。これは「バイナンスの事件で、なぜ別の取引所の株まで下がるのか」のたとえです。
ある商店街に、両替屋さんが何軒も並んでいるとします。その中のいちばん大きなお店に、大泥棒が入りました。お金は、ほかのお店からは1円も盗まれていません。それでも、町の人は「この通りの両替屋さんに、お金を預けて大丈夫かな」と心配になります。
お客さんが減るかもしれないと思えば、ほかのお店の売り上げの見込みも下がります。

- 泥棒に入られた大きなお店 = バイナンス
- 盗まれていない、となりのお店 = コインベースなど、ほかの取引所の会社
- 町の人の「大丈夫かな」という心配 = 株を買う人が、暗号資産の会社のこの先のもうけを低く見ること
つまり、1つの取引所の事件でも、同じ商売をしている会社の株まで売られることがあるということです。株の値段は、今のもうけだけでなく、この先お客さんが来てくれるかという見込みでも動くからです。
盗まれた額は、コインベースの会社の値段の約6分の1
TIKRの記事は、盗まれた約63億ドルが、コインベースの時価総額(約380億ドル)の約6分の1にあたると書いています。それだけ大きな事件だった、ということです。
復習:時価総額とは
時価総額は、その会社の株を全部買ったらいくらになるかを表す「会社全体の値段」です。株の値段に、株の数をかけて計算します。このシリーズの第3回で、世界のお金がAIの会社に集まる話の中で説明しました。

株の値段が1日で1割下がれば、その会社全体の値段も、1日で1割小さくなったことになります。第3回では、時価総額が、世界の株にまとめて投資するしくみの中身の割合を決めるものさしになっていることを見ました。くわしく知りたい方は、こちらからどうぞ。

同じ週の韓国株の下げは、別の理由だった
11月3日、韓国の株価指数KOSPI(韓国を代表する会社の株価をまとめた数字)は3.59%下がりました。ただし、報道が書いた理由は、ハッキングではありませんでした。
韓国は、日本の西どなりにある国で、サムスン電子やSKハイニックスなど、半導体(パソコンやスマホの頭脳や記憶の部品)の大きな会社が多い国です。そのため、韓国の株価指数は、半導体の会社の株の動きに大きく引っぱられます。

11月3日、KOSPIは5,648.79で取引を終えました。サムスン電子は4.15%、SKハイニックスは5.03%下がっています。
この日の下げの理由として、韓国の株を伝えた2つの記事が書いたのは、次のようなことです。
- AIの設備にかけたお金が、本当にもうけを生むのかという心配が、アメリカから広がった
- アメリカの半導体の会社の株がまとめて下がった(半導体の会社の株価をまとめた数字が3.4%下げ)
- 外国の投資家が、韓国の株を多く売った
- アメリカの中間選挙の結果が出る前で、損をしないように株を減らす動きがあった
この中に、バイナンスのハッキングは出てきません。ハッキングを韓国株の下げの理由にした報道は、見つかりませんでした。
同じ週に起きたことでも、理由が同じとはかぎりません。同じ時期に下がったからといって、「ハッキングで韓国株が下がった」とは言えないのです。
株以外のお金はどう動いたか
金・円・ドルのステーブルコインでは、ハッキングで大きく動いたと書いた報道は見つかりませんでした。
為替(円とドルのように、ちがう国のお金どうしを交換すること)の専門メディアのFXストリートなどの報道と、値動きを並べると、次のとおりです。

- 金:10月30日に、1日で3.29%下がりました。FXストリートが理由に書いたのは、アメリカの金利(お金を借りるときのレンタル料の割合)が上がったことです
- ドルと円:10月30日の前後で、1ドル=157円台のまま、ほとんど動いていません
- ステーブルコイン:ドルと同じ値段になるように作られたテザーやUSDCは、1ドルのままでした
- ビットコイン:10月28日から11月2日までに、5.65%下がりました。FXストリートは、この下げはその前から始まっていて、ハッキングがそれを速めたと伝えています
ハッキングでお金が大きく動いたのは、暗号資産そのものと、暗号資産の会社の株だったと考えられます。
日本の私たちには、どう届いたか
日本の利用者のお金に、被害は確認されていません。ただし、バイナンスの日本の会社では、暗号資産の出し入れが一時止まりました。
暗号資産のニュースサイトのコインポストによると、日本でサービスをしているバイナンスジャパンは、日本のお客さんの資産への影響は今のところ確認されていないと発表しました。
売り買いはそのままできますが、暗号資産を外の財布に移したり、外から入れたりすることは、一時止めています。あやしいリンクや連絡に反応しないようにも呼びかけました。
SBIホールディングスのグループのSBI VCトレードと、ビットバンクという取引所は、いつもどおりサービスを続けていて、お客さんの資産への影響はないとしています。
日本の株でも、暗号資産の取引所をグループに持つ会社の株は、10月30日に少し下がりました。マネックスグループは1.74%、SBIホールディングスは2.98%の下げです。
ただし、この日は日経平均(日本を代表する会社の株価の平均)も2%ほど下がっていて、その理由を書いた報道は見つかっていません。ここでは、少し下がったという事実までにしておきます。
投資の目線で見ると ― 「同じ商売の会社」にも心配は広がる
暗号資産の会社の株は、暗号資産の値段と、「取引所は安全か」という心配の両方で動きやすいと考えられます。
今回、盗まれたのはバイナンスなのに、株が大きく下がったのは、アメリカの取引所や、ビットコインを持つ会社でした。商店街のたとえのとおり、1つの事件の心配が、同じ商売をしている会社全体に広がったのでしょう。

この先を考えるうえでは、盗まれた残りの約33億ドルの行方と、バイナンスの損の穴うめが進むかが分かれ道になると考えられます。
また、「サイバー攻撃が増えれば、守る側のセキュリティの会社の株が買われる」という見方もあります。それでも今回の期間は、セキュリティの会社の株もむしろ下がりました。
アメリカのクラウドストライクは10月28日から11月3日までに約8%、日本のトレンドマイクロも11月2日までに約5%下がっています。ハイテクの会社の株がまとめて売られる流れのほうが、強かったと考えられます。
ニュースと株のつながりを見るときは、「同じ時期に下がった」ことと「そのニュースで下がった」ことを分けて考える。今回の韓国株のように、同じ週に下がっても、理由が別のことはよくあります。
理由を確かめるには、その日の株の動きを伝えた記事が、何を理由にあげているかを見るのが近道です。
今日の言葉 ― 「ステーブルコイン」
ステーブルコインとは、ドルや円などのお金や、金などのものと、値段が同じになるように作られた暗号資産です。

大和証券の用語解説によると、いちばん多いのは、アメリカのドルなどを裏づけにして、「1コイン=1ドル」のように交換の比率を決めておく形です。
ビットコインのように値段が大きく動く暗号資産とちがい、値段がほとんど動かないので、暗号資産の世界の「お財布の中の現金」のように使われています。
今回は、このステーブルコインを発行している会社が、盗まれたコインを止めたことで、約30億ドルのうち23億ドルを超える分を使えなくできました。そして、ハッキングのあとも、ステーブルコインの値段は1ドルのままでした。
よくある質問
暗号資産を持っていなければ、関係ありませんか
持っていなくても、株にはつながっていました。ハッキングが分かった日に、アメリカの暗号資産の取引所の会社の株は1日で約1割下がりました。ただし、決算やハイテク株の売りも同じ日に重なっていて、すべてがハッキングのせいとは言えません。
バイナンスにお金を預けていた人のお金はどうなりますか
バイナンスは、利用者のお金は無事で、損は全額うめると説明しています。日本のバイナンスジャパンは、日本のお客さんの資産への影響は今のところ確認されていないと発表しました。
誰がハッキングしたのですか
まだ特定されていません。民間の調査会社は、北朝鮮のハッカーの集団が関わった疑いが高いと見ていますが、北朝鮮は否定しています。バイナンス自身も、誰がやったのかを特定していないと説明しています。
盗まれたお金は取り戻せないのですか
約63億ドルのうち約30億ドルは凍結して、使えないようにできました。ステーブルコインを発行している会社が、盗まれたコインを止めたためです。残りの分がどうなったかは、まだはっきりしていません。
韓国の株が下がったのは、ハッキングのせいですか
報道を見るかぎり、ちがいます。11月3日の韓国株の下げの理由として報道が書いたのは、AIへの投資の心配、アメリカの半導体の会社の株の下げ、外国の投資家の売りなどでした。ハッキングを理由にした報道は見つかっていません。
日本の取引所は大丈夫ですか
SBI VCトレードとビットバンクは、いつもどおりサービスを続けていて、お客さんの資産への影響はないとしています。バイナンスジャパンは、売り買いはできますが、暗号資産の出し入れを一時止めました。
ハッキングのニュースで、どんな会社の株が動きやすいのですか
今回は、暗号資産の取引所の会社や、ビットコインを多く持つ会社の株が大きく下がりました。1つの取引所の事件でも、同じ商売をしている会社の株に心配が広がることがあると考えられます。
おわりに ― 盗まれたのは1つの取引所でも、心配は同じ商売の会社に広がる
バイナンスから約63億ドルの暗号資産が盗まれ、ハッキングが分かった日に、アメリカの暗号資産の取引所の会社の株は1日で約1割下がりました。
盗まれたのは1つの取引所でも、「同じ商売の会社は大丈夫か」という心配が、株の値段に届きました。一方で、同じ週の韓国株の下げや、金の下げには、別の理由がありました。
暗号資産を持っていなくても、ハッキングのニュースは株のニュースでもありました。大きなニュースで株が動いたときは、そのニュースで動いたのか、同じ時期に別の理由で動いたのかを、記事の理由から確かめてみてください。
